終わりなき危機

 

私にとって 特筆すべきは17章(Steven Wing)でした。

この方のリスク評価は明確です。

 

原子力施設から放出される放射線が健康に与える影響を測るには,

ふたつの方法がある。

ひとつはリスク評価で,まず一定地域の住民の被曝線量を見積もり,

次に被爆のレベルごとの人数と,

その被曝線量を浴びた人々の間で通常よりも増えると

予想される発症数とをかけあわせる。

各線量レベルの上乗せされた症例数をあわせると,

その疾病における被爆の影響値となる。

もうひとつは疫学調査で,この調査には異なる量の

放射線を浴びた住民に見られる病気の調査も含まれる。

放射線に起因して発症数が増すと予想される病気の総計は

将来の予測でなく,これまでの直接観察をもとに試算される。

 

とした上で,WHOの福島評価は,

A2012年5月の報告書と,

B寿命調査(広島・長崎に投下された原爆の生存者の

長期的な健康影響を観察したもの)から導かれた

放射線レベルに対応する発がんリスクをもとに

集団線量の概算を算出した物だったとした上で,

 

まず,A2012年5月報告の問題点を指摘しています。

 

この報告書は無視している要素がいくつもある

ことから,完全な線量評価とは言えない。

たとえば委員会は各種の放射線

原発から20キロ以内のもの,職業上受けるもの,

原子炉のベント(排気)によるベータ線,胎児ー

などは考慮しないとしている。

 

つぎに,B広島・長崎の寿命調査については,

 

① 追跡調査は5年以上経ってから行われたものであるため,

その前に命を落とした人は含まれず,放射線

リスク評価に潜在的な偏りが生じたこと

(原爆で即死をもたらした放射能は,

潜伏期間のより長いがんのリスクであるのに

この影響をもっとも受けた人が亡くなってしまった)

低い放射線量を浴びた健康被害を対象とし,

致命的な被害を受けた人は対象を除外

 

② がんの発症率(新たながんの診断者)への寿命調査

モニタリングは1958年まで13年も行われていない

 

③ 寿命調査では,核爆発で生じる透過力の強い

ガンマ線中性子線といった即発放射線に主眼が置かれていた。

しかし,人々を被爆させたのは放射性降下物だった。

爆心地でない場所に真っ先に降り注いだ降下物を浴びた

人々は,低線量の即発放射線に晒されて大きな被害を受けた。

寿命調査はこうした被害を調査対象としていないが,

もし考慮に入れていたら,生存者のがんの発症率は上がり

放射線のリスク評価の偏りも少なかっただろう。

しかも,放射性降下物が憂慮されて1963年に

大気圏内の核兵器実験が禁止された後も,

放射性降下物の影響を放射線のリスク評価に盛り込まなかった。

 

昨日は,福島報告書の内容に驚きましたが,

その福島報告書でさえ,問題をこれだけ抱えているのです。

(この問題,さらに続きます)